放射能
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放射能(ほうしゃのう、Radioactivity)とは、物理学的な定義では、放射線を出す能力である。
一般的には、放射能をもつ物質(放射性物質)という誤った意味で使われることがある。放射能と放射線とは混同されがちであるが、その定義は明確に異なる。
放射能の強さは、1秒間に崩壊する原子核の数で表され、ベクレル(記号Bq)という単位で表す。原子核が崩壊する時に放射線を放射する。かつては、1グラムのラジウムが持つ放射能を単位とし、これを1キュリー(記号Ci)としていた。1グラムのラジウムは毎秒 3.7×1010個のα線を放射しているので、1キュリーは 3.7×1010ベクレルということになる。
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放射能標識
放射線が発生している場所、例えば病院や診療所のレントゲン撮影室などには、右記のような放射能標識が表示される。3つの葉は、アルファ線、ベータ線、ガンマ線を意味している。
UnicodeにはU+2622に放射能標識がある:
- ☢
放射能のしくみ
放射性同位体と放射線
放射能を持つ物質を放射性物質、放射能を持つ原子核の種類や同位体をそれぞれ放射性核種、放射性同位体と呼ぶ。
放射性同位体は不安定であるため、一定の確率で原子核崩壊を起こし、それにともない放射線が放出される。この性質が放射能である。原子核崩壊は単に崩壊や壊変とも呼ばれ、いくつかの形式がある。これを崩壊モードといい、主な崩壊モードにはアルファ崩壊、ベータ崩壊、ガンマ崩壊がある。それぞれの崩壊では、α粒子、β粒子、γ線が放射線として放出される。
放出されたα粒子、β粒子は崩壊モードに応じた数メガ電子ボルトの運動エネルギーを持つ。また、γ線はエネルギーを持つ電磁波である。これらのエネルギーは崩壊エネルギーと呼ばれ、崩壊後の原子核や放射された粒子の合計質量が崩壊前の原子核の質量より減ること、つまり質量欠損に対応する。崩壊モードと崩壊エネルギーを図で示したものが原子核崩壊図である。
崩壊エネルギーは最終的に熱エネルギーに変わる。このため、放射性物質はしばしば発熱して高温となる。この熱エネルギーを回収して電気エネルギーに転換するしくみが原子力電池や原子力発電である。
半減期
詳細は「半減期」を参照
放射性同位体は、崩壊にともない指数関数にしたがって量が減っていく。そしてその同位体由来の放射能は減衰していく。ある放射性同位体の量が半分に減るまでにかかる時間は核種ごとに常に一定であり、これを半減期という。半減期は物質によって異なり、1秒以下から数百億年以上のものまでさまざまである。半減期が短い放射性同位体は早く壊変するため、質量あたりの放射能である比放射能は高くなる。
自然界で観測される放射性物質には半減期の長いものが多い。地球誕生以来46億年の時を経て生き残っているものも存在する。自然界に存在する半減期の短い放射性同位体は地球誕生後に生じたもので、半減期の長い放射性核種の娘核種、もしくは安定核種が宇宙線などの自然放射線を受けて核反応を起こして放射性核種に変わった生成物、もしくはその崩壊生成物である。
崩壊生成物
詳細は「崩壊生成物」を参照
ある放射性同位体が放射線を放出した後にできる核種を娘核種という。しばしば娘核種もまた放射性同位体であるので、さらに崩壊を起こして別の子孫核種に壊変していく。一連の生成物を崩壊生成物と呼び、壊変の一連のつながりを崩壊系列という。
放射平衡
詳細は「放射平衡」を参照
ある放射性同位体(親核種)が崩壊してできた物質(娘核種)も放射性である場合を考えると、これら親核種と娘核種のそれぞれの半減期は一定であるため、ある時間以降は、親核種の崩壊で生じる放射線と子孫核種で生じる放射線の比率がほとんど変化せずに推移する状態が生じる。この状態を放射平衡という。放射線量そのものは時間とともに減衰してゆく[1]。
単位
現在の放射能の単位はSI単位系でベクレル(記号Bq)を用いている。それ以前は、キュリー(記号Ci)であり、これはまた現在でも補助単位としても使用されている。放射能研究の当初は標準単位がなくアーネスト・ラザフォードも独自の単位を使用していたが、標準となる単位の必要性を感じていたラザフォード自身が基準委員会の委員長となり、1910年の第一回国際放射線学会にて 1グラムのラジウムが持つ放射能を単位とした1キュリー(Ci)が定義された。その後、1974年にSI単位として国際度量衡総会でベクレルを採択し1975年から国際標準として用いられている。日本においては法改正がなされた1989年からベクレルが公式使用されている。
放射能の測定
放射能を直接測定することは難しいので、放射能から出る放射線を測定して、放射能の量を求めることが多い。
- α線核種の測定には、液体シンチレーションカウンタが用いられる。
- γ線核種の測定には、Ge半導体検出器やNaIシンチレーションカウンタが用いられる。
- 表面汚染を検出するには、ガイガー=ミュラー検出器が用いられる。
放射能を直接測定する方法には、加速器を使用するAMS(Accelerator Mass Spectrometry = 加速器質量分析計)法などがあり、放射性炭素年代測定に応用されている。
放射能の影響
放射線防護
人体が放射線にさらされることを被曝という。あまりに多くの放射線に被曝すると、健康に悪影響がある。このような悪影響を総称して放射線障害という。
放射線障害を防止するため、法令により、人体が被爆する放射線の量(線量)に限度が設けられており、放射性物質を取り扱う場合はこの値を超えないようにする必要がある。また、放射性物質を取扱う施設の仕様、放射性物質の購入・保管・廃棄の管理、汚染の管理、管理被服や放射線防護服、保護具の着用も、法令や施設の内規で定められている。
ヒトに対する影響
人体にはおよそ6,000-7,000Bqの放射能がある。これは人体に含まれるカリウム40という放射性物質によるものである。この程度の放射能であれば人体に及ぼす影響はほとんどない。一般的に実験や研究で用いられる放射能はMBq(106 Bq)である。さらに放射能がGBq(109 Bq)を超えると人体に影響を及ぼす危険性があるとする見方がある。
一方で、たった1Bqの放射能であっても毎秒1発の放射線を発するから、遺伝子等を傷つけるかどうかは確率的な影響があるという見方もある。
放射能が晩発効果によって人体に悪影響を及ぼす限界値は、確率に影響され、人体実験が不可能な事、長期間かかる事、対象群が設定しづらい事、症状が非特異的である事、遺伝的影響では更に時間がかかる事、等により定まっていない。急性効果としては約4Gyの被曝で半数の人が死亡するとされている[1]。
食品の放射能汚染の規制
チェルノブイリ原発事故を契機に、輸入食品中の放射能濃度の暫定限度が370 Bq/kg(セシウム134+セシウム137の合計値)に設定され、これを超える食品は日本に輸入できない。[2]
放射能(放射性物質)の利用
放射線が物を透過する性質を利用するため、放射性物質がさまざまな分野で利用されている。
放射線が細胞分裂を止める性質があるので、ガン細胞の治療、医療器具の滅菌、ジャガイモの発芽防止などに放射性物質であるコバルト60が利用されている。バセドウ病など特定の病気の治療薬として放射性物質を投与することがある。
放射能の害が良く知られていない時代には民生用品にも放射性物質が使用されてきたが、現代ではほとんど利用されなくなった。例えば、ある種の火災感知器では空気の密度を測るために放射性物質であるアメリシウム241が使われた。蛍光塗料にラジウムを添加して、時計の文字盤などにつかう夜光塗料が作られた。静電気除去、製鉄、ランプの覆い、蛍光灯の点灯管などに放射性物質が利用されていた。
マイナスイオン発生器などに、トルマリン鉱石のように微量の天然ウラン等を含有する岩石が使用されることがある。
注釈・出典
- ^ a b 安斎育郎著 『放射線と放射能』 ナツメ社 2007年2月14日初版発行 ISBN 9784816342554
- ^ 厚生労働省「放射能暫定限度を超える輸入食品の発見について(第34報)」(2001年11月8日)
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