阿呆
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阿呆(あほう、あほ)は日本語で愚かであることを指摘する罵倒語、侮蔑語、俗語。近畿地方や、中国地方を中心とした地域でみられる表現で、関東地方などの「馬鹿」、中部地方の「タワケ」に相当する。
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阿呆の使われる状況
阿呆は類義語の馬鹿とともに日本語の会話で良く使われる表現である。人に対して軽蔑する言葉の一種でもある。
阿呆は馬鹿とはまったく同じ言葉ではなく、若干用例が異なる。例えば、「学者馬鹿」のような用法は阿呆にはない、「馬鹿でかい」「馬鹿にでかい」は「阿呆ほどでかい」と言う、などがある。
関東など「馬鹿」を用いる地域の人に「阿呆」と言うと、「馬鹿」と言われる以上に侮蔑的なことだと受け取られる場合がある。逆に関西の人に「馬鹿」と言うと、「阿呆」と言われるよりも尊大に見下されたと受け取られる場合がある。
小説兎の眼では、知的障害のある伊藤みな子という生徒について他の生徒が「みな子ちゃんはアホや」と言い、主人公の小谷先生もみな子がアホであること自体は否定しなかった。[1]
阿呆を用いた複合語としては、罵倒語には「どあほう」や「あほたれ」、「あほんだら」がある。これの語源については「阿呆太郎」であるとの説もあるが、近隣地域で見られる同様の罵倒語である「だら」「たくら」が阿呆と結びついたものである可能性がある。文化周圏論によれば、言葉や風習は中心で発生して周囲に広がるので、中心から遠いところに過去の状況が残される。これを当てはめると、「だら」や「たくら」は阿呆以前に生まれた罵倒語で、中心である京都周辺では廃れたものが、阿呆と結びついて残ったものと考えることができる。
そのほか「阿呆」を用いた言葉としては、『広辞苑』は以下のものを挙げている(『広辞苑』では「あほう」の漢字表記は「阿房」としている)。
- 阿房芋、阿房烏、阿房臭い、阿房口、阿房狂い、阿房死に、阿房力、阿房面、阿房鳥、阿房払い、阿房律儀
- 阿房が酢に酔ったよう、阿房桁叩く、阿房に付ける薬なし、阿房の足元づかい、阿房の三杯汁、阿房の鼻毛で蜻蛉をつなぐ、阿房の話ぐい、阿房の一つ覚え:馬鹿の一つ覚え
また前田勇の『上方語源辞典』では、「阿呆」を用いた言葉として以下のものを挙げている。
- 阿呆陀羅経、阿呆だら口、阿呆らしい、阿呆らしゅうもない
- 阿呆に法が無い、阿呆は風邪を引かぬ、阿呆は長生きをする
阿呆の分布状況
しゃべくり漫才やメディアの影響からか、馬鹿と阿呆は東西の言葉の違いと考えられがちであるが、阿呆は近畿地方と四国東部(たとえば徳島県の阿波踊りの有名な歌詞「踊る阿呆に見る阿呆」など)で使われる表現であり、四国西部や中国地方では馬鹿が使われている。もっとも、最近は上方漫才のテレビ進出にともなって、以前は阿呆を使わなかった地域でもアホを使うようになっている。
阿呆の発音は、京阪神では「アホ」、その周辺の地域では「アホー」である。そして最外縁の地域では「アハウ」という発音が残っている。これは文献上でも「アハウ」→「アハア」→「アホウ」→「アホ」と変化していることが知られており、この表現が京都を中心に広がっていること示している。
バラエティ番組『探偵!ナイトスクープ』において、「アホとバカの境界線はどこか」という調査に端を発した本格的な調査と研究がなされており、この制作過程を記した『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』(松本修著)にその詳細な結果と考察が記されている。
「アホ・バカ分布図」も参照
歴史
文献における初出は13世紀に書かれた鴨長明の『発心集』の第8巻にある「臨終にさまざま罪ふかき相どもあらはれて彼のあはうのと云ひてぞ終わりける」である。しかし『全国アホ・バカ分布考』で著者の松本修は、方言の分布状況から阿呆がもっと新しい言葉だとみており、『発心集』の記述を疑問視している。これ以外の点からも『発心集』の第7巻、第8巻を後世の増補版と指摘する研究がある。
『発心集』のつぎに文献に現れるのは3世紀後の戦国時代に書かれた『詩学大成抄』になる。現存する写本では「アハウ」という言葉の左側に傍線が引かれているが、これは元々この言葉が漢語だったことを意味するものだとされており、後述の中国語語源説を補強するものとなっている。
大久保の三河物語の記述
「三河物語」も参照
然ル処に、阿部之大蔵(定吉)、惣領之弥七郎ヲ喚て申ケルハ、(中略)、七逆五逆之咎ヲ請申事、「日本一の阿呆弥七郎メ」トハ此事なり。
(中略)清康三拾之御年迄モ、御命ナガラヱサせ給ふナラバ、天下ハタヤスク納サせ給ンに、廿五ヲ越せラレ給ハで御遠行有社、無念ナレ、三河にて森山崩レト申ハ、此事なり。
と記載がある。
解説;主君の松平清康を、家臣の阿部弥七郎が斬り捨てた森山崩れのいきさつで、大久保は、阿部弥七郎を、日本一の阿呆と評している。松平清康は、30まで存命なら天下をたやすく取れたものをと嘆いている。
語源
中国の江南地方の方言「阿呆(アータイ)」が日明貿易で直接京都に伝わった可能性が『全国アホ・バカ分布考』で指摘されている。上海や蘇州、杭州などで現在も使われている言葉で、「阿」は中国語の南方方言で親しみを示す接頭語であり、意味は「おバカさん」程度の軽い表現である。これは現在の日本語の(特に関西地方における)「阿呆」にもあるニュアンスである。
語源の一説として
などがあるが、ともに信憑性は乏しい。
脚注
- ^ 灰谷健次郎、『兎の眼』、角川書店
参考文献
- 松本修 『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』 大田出版 ISBN 4872331168
関連項目
- 阿呆陀羅経
- アホウドリ
- アホ毛
- 麻生太郎 - 支持率の低さから「阿呆太郎」と週刊誌に揶揄された人物。
- 『阿呆船』:15世紀のドイツ人作家セバスチャン・ブラントの諷刺文学。
- 『或阿呆の一生』:芥川龍之介の小説。
- 『阿房列車』 : 内田百閒の鉄道紀行文に擬態した小説。三部作で第一から第三阿房列車がある。
- 『こちら“アホ課”』:小松左京の短編小説。
- 『1・2のアッホ!!』:コンタロウのギャグ漫画。
- 坂田利夫:「アホの坂田」として知られる吉本芸人。
- 世界のナベアツ:3の倍数と3がつく数字の時にアホになるネタで知られる吉本芸人。
- あほやねん!すきやねん!:NHK大阪放送局の情報バラエティ番組。
- 『兎の眼』 :灰谷健次郎の小説。
『アホの壁』筒井康隆の著作。『バカの壁』と同じ新潮社より。関西出身の筒井、関東出身の養老という見方もでき興味深い日本人論である。